宗次徳二氏(CoCo壱番屋創業者)の家族や子供について!

最近めっきり寒くなり、風邪気味な私ですが、こんな時はカレーが食べたくなっちゃいます(^^;)
で、カレーと言えば、やっぱり『CoCo壱番屋』ですよね。

なぜかとっても食べたくなる瞬間がないですか?!

不思議な魅力です。

でも、『CoCo壱番屋』の創業者で元会長の宗次徳二さんは、とても苦労されてきたようです。
本当に踏ん張って、今の地位を確立されたようです。

今回は、そんな宗次徳二さんの詳細について調べてみることにしました!

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宗次徳二氏のプロフィール

1948年10月14日 石川県生まれ

株式会社壱番屋(カレーハウスCoCo壱番屋)の創業者で元会長、現・特別顧問です。

NPO法人イエロー・エンジェル理事長。

宗次ホールオーナー。

宗次徳二さんのご両親は不明で、兵庫県尼崎市の孤児院に預けられ、

その後3歳の時に宗次福松、清子夫婦の養子になりました。

本来なら孤児院から抜け出せて幸せになるはずだったんでしょうけど、更に苦境に立たされることになります…

生活苦の中、宗次徳二さんはアルバイトなどをし、1967年(昭和42年)3月に愛知県立小牧高等学校商業科を卒業。

同年4月不動産業の八洲開発に入社。

1970年(昭和45年)に大和ハウス工業に転職。

のちに株式会社壱番屋社長・会長・相談役、NPO法人イエロー・エンジェル理事となり、世界優秀女性起業家賞受賞されこととなる同僚の直美さんとご結婚。

宗次徳二さんは2年後に独立し、1973年(昭和48年)不動産仲介会社の岩倉沿線土地を開業されました。

けれど、不動産業がうまくいかず、1974年(昭和49年)にCoCo壱番屋の前身となる喫茶店『バッカス』を名古屋市西区に開業されました。

更に、1975年(昭和50年)2号店となる珈琲専門店「浮野亭」を開業。

そして、1978年(昭和53年)に『カレーハウスCoCo壱番屋』を創業。

一号店は、西枇杷町でした。

10ヶ月後に2店の喫茶店を処分されます。

そして、宗次徳二さんは新店舗開業資金に借り入れした内の20万円を、社会福祉協議会や町役場に匿名で寄付されました。

誰にでもできる事ではないですね。素晴らしいです!

1982年(昭和57年)には、株式会社壱番屋を設立し代表取締役社長に就任。

1998年(平成10年)には500店出店を機に奥様の直美さんと社長を交代し

宗次徳二さんご自身は代表取締役会長となられました。

2002年(平成14年)、宗次徳二さんは創業者特別顧問に退かれ、19歳でアルバイト入社された浜島俊哉副社長を社長に就かせることとなります。

そして、奥様は会長に就任され、ご自身は役員からも退任し、経営から引退されました。

2003年(平成15年)に、NPO法人イエロー・エンジェルを設立し理事長に就任。

更に、2007年(平成19年)には宗次ホールを建設し、2012年(平成24年)には名古屋市芸術奨励賞を受賞。

2012年(平成24年)に、経営コンサルティングや講演会等を行う株式会社ライトアップを設立し、宗次徳二さんは代表取締役に就任されました。

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孤児院出身だった

孤児院から3歳のときに宗次徳二さんは雑貨商・宗次福松、清子夫婦の養子になられたものの、

養父がギャンブル好きで生活が不安定だったことから、

養父に愛想を尽かした養母は失踪しました。

8歳のときに居場所が判明した養母を頼り、養母が住む名古屋市のアパートで家族3人リスタートするも、すぐに養母はまた家を出る事になります。

養父と2人で、想像を絶する程の貧しい生活を強いられることになり、15歳まで生活保護を受けて生活することに。

岡山県玉野市など各地の廃屋を転々とし、宗次徳二さんはパチンコ玉拾いや煙草の吸殻拾いなどで生活を助けるも、それでも養父から虐待を受けて育つことに。

そして、15歳のときに養父が死去、養母と同居するようになります。

本当に壮絶な人生ですね(。>_<。)

CoCo壱番屋の成功


1975年、飲宗次徳二さんは食店経営2号店となる珈琲専門店「浮野亭」を開業され、奥様の直美さんが作ったカレーが絶賛され、

カレー専門店への転身を決断されたのをキッカケに、宗次徳二さん夫妻は飲食業に専念する事になります。

そして、社交的な奥様とは対照的に、宗次徳二さんは引退するまで友人を1人も作らず、短時間睡眠で仕事に専念され、毎朝4時45分に出社。

多大な数の『お客様アンケート』を読み、宗次徳二さん自ら店舗の掃除を行なうのが日課で、休みは年間15日ほどだったが、

引退後は経営に一切口出しせず後継者に任せていらっしゃると。

こういった事が成功の鍵かもしれませんね(^_^)

妻との出会いと結婚

1970年に、八洲開発から大和ハウス工業に転職され、同僚の直美さんと出会われ、結婚されました。

よく講演会ではCoCo壱番屋の成功の秘訣を

「妻の力が9割、私の力が1割ですよ」

と語られているそうで、奥様に対する愛情と尊敬などが感じ取れますね。
素敵なご夫婦です♪

子供はいるの?

宗次徳二さんと直美さんの間には、息子さんがいらっしゃいます。
ご長男は、プロゴルファーの宗次弘章さんです。

その他のお子さんについての情報はなかったですが、CoCo壱番屋の方に入られて経営にあたっているかもしれませんね。

宗次徳二氏の名言とは

宗次徳二さんの名言をご紹介します。

『若いうちはさんざん苦労したらいいと思います。 苦労は経験という宝になります』

『一時の成功よりも、継続することの方が大事なんです。
どんなに失敗してもめげずに続けていく。 その情熱が大事です。』

こんな偉大な名言を残されている宗次徳二さん。

お自身が本当に波乱万丈な人生を過ごされ、普通の人なら嫌気がさして逃げ出したくなるだろうレベルにもかかわらず、

それに負けずに前をしっかり向き、大成功をおさめられました!「

本当に尊敬しますね。

本当に凄いです。

これからCoCo壱番屋のカレーを食べる時には、『奇跡のカレー』だと認識し食べてみると更に美味しく感じるかもしれませんねww

という事で、やっぱり今すぐにでもCoCo壱番屋に駆け込みたくなりましたとさ(~ ~;)

カレーっておらゆる世代で人気ですよね。

きょうも最後まで読んで頂いてありがとうございました。

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