松山容子の今現在と夫や息子について!ボンカレーが沖縄だけの理由も調査!

こんにちは、
トミーです。

みなさんは「ボンカレー」をご存知ですか?

知らない人ってあまりいないと思います。

わたしも小さい頃からレトルトカレーといえば「ボンカレー」でした。

この「ボンカレー」を一躍有名にしたのが

テレビCMです。

今回はこの「ボンカレーの」のテレビCMにご出演されていた

松山容子さんのことについてご紹介したいと思います。

松山容子さんは女優さんなんですが

わたしも小さお頃から松山容子さんといえば「ボンカレー」というくらいで

じつは女優さんとてどんな作品にご出演かも存じ上げませんでした。

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松山容子さんプロフィール

氏名:松山容子さん

本名:田中曠子

生年月日:1937年11月30日

出身地:愛媛県松山市

松山容子さんは

ご実家は銀行を経営するような資産家でした。

愛媛県立松山南高等学校卒業後は

NHK松山局に就職しましたが

雑誌『アサヒグラフ』の表紙モデルを務めたのがきっかけで、

松竹の役員の目にとまり、

卒業と同時に松竹ニューフェイスとして入社しました。

1957年6月4日公開の映画『勢揃い桃色御殿』に新人女優・松山清子として、

端役デビューしています。

1959年に今の芸名の松山容子に改名されました。

松山容子さんは主に時代劇で活躍されました。

1960年に出演したテレビドラマ

『天馬天平』では新撰組と戦う男装したお姫様の役を演じ人気者になりました。

その後のドラマ『琴姫七変化』でも話題になっています。

このドラマは毎回若武者姿だけでなく、芸者、くノ一、鳥追い・・と、

文字通り次々替わる「七変化ぶり」が人気となり、なんと2年間もドラマは制作サれました。

現在の日本じゃ2年間はやらないですよね。

シーズン物として

第〇〇シーズンということでその年その年で役者さんも違いますからね。

まさに七変化。

さらにこの「七変化」ではきれいな顔立ちと見かけによらないアクションぶりに

現在では「アクション女優の先駆者」

などという言い方もされていました。

アクション女優さんといえば私世代だとやはり

志穂美悦子さんが思い浮かびますが、

その志穂美さんのその前に松山容子さんが

アクション女優として有名だったとは知りませんでした。

その後もテレビドラマや映画で活躍されていました。

1980年くらいまではテレビドラマの出演をされていたみたいです。

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夫や息子さんについて

松山容子さんは

1971年に松山容子さんが主演した映画

『くれないお仙』『めくらのお市』シリーズの原作者である

棚下照生氏とご結婚サれています。

棚下照生氏はマンガ家です。

なんとわたしの故郷のすぐ近くの宮崎県延岡市のご出身でした。

女優さんを射止めるとはすごい。

棚下照生さんは1934年宮崎県生まれで、

松山容子さんが主演した

『めくらのお市』のほか

『ヒマラヤ天平』

『ハンターお竜』

などが人気作となっています。

棚下さんはあのマンガ家さんたちが共に暮らしていた

「トキワ荘」の住人でもあったようです。

「トキワ荘」の話はテレビでもよく特集されていますが棚下さんも生活サれていたとは
知りませんでした。

調べると「トキワ荘」の住人でしたが、

あまり他の住人に対して仲間意識や連帯感を持つことはなかったようですね。

とにかく生活のために「描く」という気持ちが強かったようです。

それだけ自分に自信もあったんでしょうね。

わたしが知らなかっただけかしら。。

なんでも棚下照生氏はお酒が好きで、

原稿料はすべて遊興費に使うなど現在なら

すぐに妻に合いそうをつかされそうな

そんな行き方だったみたいですね。

当時の棚下照生さんの作品をネットで検索すると

元気な男の子が主人公と思われる骨太の作品や

女性がとても色っぽく描かれている作品など

いろいろな画風を使い分けていらしたみたいです。

夫の棚下照生氏は2003年に他界されています。

死因は肝硬変。

晩年もお酒を飲んでたんですね。

松山容子さんと棚下さんご夫妻に

お子さんがいたかどうかはちょっと調べられませんでした。

ネット検索すると「息子」というキーワードが出てくるので

ひょっとしたら息子さんがいらっしゃるのかもしれません。

ご主人の棚下照生さんの性格や行き方など

結婚すると妻が苦労するタイプの男性みたいですが

松下容子さんも苦労されたんではないですかね。

ご主人が亡くなってすでに14年近くたっているし

現在はお一人で生活されているんでしょうか。。

ボンカレーのCMに

楽天
松山容子さん主演だったドラマが

大塚食品の提供だったことから

大塚食品の目玉商品だった「ボンカレー」のCMを

松山容子さんが担当することになったようです。

しかしあのCMはテレビCMよりも

全国のあちこちの軒先に掲げられていたホーローの看板が思い出されます。

ボンカレーの袋を笑顔の松山蓉子さんがおたためたお湯からとだしている姿が印象的です。

ホーロー看板といえば『キンチョ-』の看板で由美かおるさんや

『オロナミンÇ』の看板で大村崑さんが描かれている看板をよく見かけましたね。

最近でも古い温泉宿や観光地のお店の壁に掲げてあったりしますよね。

でもさすがに最近はあまり無いですかね。

なぜ沖縄だけで発売か

『ボンカレー』は全国で発売されていまSが

松山容子さんがパッケージのモデルを努めているバージョンは

なんと沖縄だけなんですね。

なんででしょう。

沖縄の人たちは古い松山容子さんバージョンの

「ボンカレー」の方が人気のようです。

全国版と味が違うそうですよ。

ぜひ食べ比べてみたいですね。

わたしも小さい頃からレトルトカレーは時々食べていましたが

時々ルーだけしか入っていないようなレトルトがるので

野菜やお肉もしっかり入っているレトルトなら大歓迎です。

松山容子さんの現在は?

松山容子さんの現在のお住いについては

わかっていないんですが

東京じゃなのかもしれませんね。

『ボンカレー』発売50周年記念イベントでは

松山容子さんはビデオメッセージを送っています。

さすがに50年も続くロングヒットな商品になるとは

夢にも表いなかったと思います。

最後に

実はわたしも松山容子さんの女優時代の

映像はみたことがありません(たぶん)

『ボンカレー』がロングヒットな商品でいてくれたからこそ

松山容子さんのお姿を拝見することができました。

これからもお身体に気をつけて長生きしていただきたいと思います。

今日も最後まで読んでいただいてありがとうございました。

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コメント

  1. Yoshie Tanaka より:

    正義感があってきりりとして美しく、殺陣も素晴らしく上手い。馬上姿も絶品。何度目かの再放送を見て、ファンレターを出したら、見事な筆跡のお返事をいただきました。万葉仮名で、お姿と同じ美しさでした。私の最初の個展に来て下さった時も、ロベリアの花籠をお持ち下さり、息を呑むような着物姿でした。今もお年賀状のやり取りがあります。こんなに理知的で美しい女優さんはもうどこにもいません。お子さんは、お嬢さんです。
    いまは、町田のお宅でお母様の介護をされているようです。

    • メイプル より:

      Yoshie Tanakaさん
      貴重な情報をありがとうございます。
      松山容子さんはお元気でお母さまの介護をされているんですね。
      Yoshie Tanakaは絵をお描きになっているんですか
      松山容子さんは介護の傍らきちんとご友人たちとの交流もされているんですね、
      尊敬します。
      これからもお身体に気を付けて元気で過ごしていただきたいですね。
      Yoshie Tanakaさんもお元気でお過ごしくださいね。
      ご訪問ありがとうございました。