久米小百合(久保田早紀)の現在と子供について!夫とコンサートについても!

こんにちは。

みなさん久保田早紀さんはご存知ですか?

1980年台に「異邦人」という曲でデビュー

大ヒットしたミュージシャンです。

その後ご結婚されて、第一線からは退いていらっしゃいます。

「異邦人」は名曲で今でも時々、当時の代表曲として

歌番組などで紹介されたりしています。

わたしも昔好きで実はアルバムもほぼ全部持っています。

あれから随分立ちますね。

現在の久保田早紀さんはご結婚されて

久米小百合さんという本名で活動されています。

現在の活動の様子などをご紹介したいと思います。

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久米小百合プロフィール

名前:久米小百合(くめ さゆり)

生年月日:1958年5月11日

出身地:東京都国立市

職業:歌手、作曲家、作詞家

久米小百合さんは4歳の頃からクラシックピアノを習い始め、

小学校高学年からは日本のフォークソングや歌謡曲、

ビートルズなどを聴き演奏するようになりました。

久米小百合さんはなんと小学6年生から曲を作り始めていたそうです!

13歳の頃に八王子市に引っ越して

八王子市立第四中学校に通い始めます。

久米小百合さんは同級生の男子3人と一緒に当時人気だった

「ガロ」のコピーバンドを組み、

『学生街の喫茶店』で有名なバンドですね。

久米小百合さんは当時キーボード担当として活動していました。

その後久米小百合さんは共立女次第二中学校・高等学校を経て、

共立女子短期大学文学科に入学。

久米小百合さんは大学在学中にミス・セブンティーンコンテストに応募して

一次審査に合格します。

あの松田聖子さんが芸能界に入るきっかけになったコンテストですね。

久米小百合さんはなんと二次審査の水着審査を固辞し、

その代わりにスタジオで弾き語りをすることになります。

アイドルのオーディションだということを久米小百合さんは

知らずに応募されていたそうです。

そこで久米小百合さんはディレクターの金子文枝さんに出会いました。

金子さんの指導の下久米小百合さんはデビューをめざし、

大学とCBSソニーに通う日々を送ります。

1979年に短大を卒業し、

その年に三洋電機がタイアップに付いてデビューすることが決まりました。

久米小百合さんは『久保田早紀』というアーティスト名で『異邦人』というデビュー曲を出しました。

オリエンタルで神秘的な曲調や歌声に注目が集まり、

一躍話題のミュージック歌手となります。

まさに当時は「時の人」でした。

「久保田早紀としてはもう十分に活動した」という思いもあり、

音楽家の久米大作さんとの結婚をきっかけに

1984年に芸能界を引退しました。

わずか5年という短い芸能生活を終えた理由については

「芸能界はどこか居心地が悪かった」

「有名な方々と飲みに行ったり遊ぶよりも、

国立や実家のあたりで昔の友人とコーヒーを飲んでいるほうが楽しい。

小市民的な人間なんです。だから、向かなかったというより、

最初からなんとなく居心地があまりよくなかったんです。

テレビは見るもので、出るもんじゃない」と語っています。

また、「仲間内の音楽談義で小坂さんが

『音楽にはティッシュペーパーのように消費される曲もあれば、

使い馴染んだタオルのように長く愛される曲もある』

とよく話してくれました。私が作りたいのは後者。

でも、周囲から期待されるのは前者のように思えてなりませんでした」と

自分の音楽についても悩まれていたようです。

引退後ほぼ間を置かずに教会音楽家として本名の久米小百合で

音楽活動を始めます。

デビューしてから2年後の1981年に久米小百合さんは

プロテスタントの教会で洗礼を受けてクリスチャンにました。

神学校にも通ってキリスト教について学びを深めたそうです。

久米小百合さんは各地のキリスト教会などで教会音楽と

アートを融合させたコンサートや、

講演会、交流会などの活動を続けています。

2007年から2010年までは日本聖書協会の親善大使も務めました。

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久保田早紀時代の活動について

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久米小百合さんは「久保田早紀」というアーティスト名で

1979年から1984年まで活動をしていました。

デビュー曲は『異邦人』。この曲は元々「白い朝」という題の曲でしたが、

CM映像がアフガニスタンで撮影されたことや、

当時流行していたエーゲ海・地中海などの異国情緒が意識されて、

歌詞も曲も大幅にアレンジが加えられています。

そして音楽プロデューサーの酒井政利さんによって

『異邦人』という曲名に改題されました。

12月13日に放送された「ザ・ベストテン」に第5位で初出演した際に、

その美貌にも注目が集まり、12月27日に1位獲得、

1980年1月17日まで3週連続で1位を獲得しました。

その後も『異邦人』は3月6日まで連続ベスト10入りする大ヒットとなりました。

最終的な売上枚数は144万4000枚と、

日本の歴代シングル売上ランキングで91位という記録にもなっています。

ファーストアルバムの『夢ものがたり』もヒット。

その後も『夜のそこは柔らかな幻』までオリジナル・アルバムを

7枚発表しています。

1984年に『久保田早紀』としての活動を引退しました。

夫はどんな人?

久米小百合さんの夫の久米大作さんはどんな方なのでしょうか?調べてみました!

名前:久米大作(くめ だいさく)

生年月日:1957年7月23日

出身地:東京都

職業:キーボーディスト、作曲家、音楽プロデューサー

久米大作さんの父親は俳優、声優、ナレーターとして知られていた久米明さんです!

わたしも久米大作さんよりもお父さんの久米明さんの方が小さい時からおなじみです。

「すばらしい世界旅行」などのナレーションがわたしにはおなじみです。

他にもいろいろな番組にご出演されていましたよ。

久保田早紀さんと息子さんの大作さんが結婚された時には

久米明の息子として報道されいましたね。

久米大作さんは学校法人明星学園高校、

日本大学芸術学部を卒業しています。

大学在学中にフュージョングループ『プリズム』の1stアルバムを発表し、

活動を始めました。

現在は作曲家、編曲家として活動していて、

最近は舞台、映画、コマーシャルなど様々なジャンルの音楽を手がけています。

更に。

音楽学校メーザー・ハウスでキーボードと作曲の講師も務めています。

久米小百合さんと離婚したという噂もありましたが、

離婚はされていないようです!

離婚の噂ってつねについて回るんですね。

長男について

長い不妊治療を経て1997年、

久米小百合さんが39歳のときに長男が生まれました。

長男について調べてみましたが情報は出てきませんでした。

2017年現在20歳になった息子さんは大学生だと思われます。

両親二人共音楽に携わる仕事をされているので

もしかしたら息子さんも音楽の道に進んでいるのかもしれませんね!

現在とコンサートについて

後年のインタビューなどでの発言で

「異邦人のデビューから暴走列車に振り回されるような人生だった」

というような発言をされていましたが、

現在は新しい自分を見つけて音楽と向き合っているようです!

久米小百合さんは現在、プロテスタント諸派や

カトリックなどキリスト教の教会でコンサートを開いたり、講演を行う日々を過ごしています。クリスチャン系の音楽伝道師ということで、

伝統的な賛美歌、コンテンポラリー・クリスチャン・ミュージックと呼ばれる

オリジナルの賛美歌も歌っているそうです。

またテレビやラジオにゲスト出演、

インターネット番組にも時折出演されています。

教会で行っているコンサートについて

「教会でコンサートすると、信者だけじゃなく、

往年の久保田早紀ファンの方もこられます。

各地の教会のお役に立てるとしたら、

そういうところかなって思うんです。日本の教会って、

実際はそうじゃないのに、

クリスチャンじゃないと行っちゃいけないんじゃないかとか、

ハードルが高いイメージがありますよね。

神社やお寺はオープンで、子供が境内で遊んだりしますよね。

私は教会も神社みたいになるべきだと思っているんです。

辛いことがあるから祈ってよ、って牧師さんや神父さんの

ところに行けるような気楽なものじゃなくちゃいけないって」

「生活の中で、賛美歌も気軽なBGMになったらいいなと思っていて。

襟を正して聞かなきゃいけないっていうものでもないので」

と久米小百合さんは教会にいろいろな人が

気軽に来てほしいという気持ちを語っていました。

終わりに

『異邦人』という大ヒット作を生み出しながらも

5年という短い芸能生活で引退された久米小百合さん。

久保田早紀としての芸能界を引退されてからは

久米小百合として教会でのコンサートや

講演を行なって活躍されていました。

最近夫である久米大作さんとともに8年ぶりのニューアルバム『7carats +1』を発表しました。

ゲストボーカルとして本田路津子さんとKishikoさんの2人が参加していて、

大定番賛美歌ナンバーから新しい表情を引き出している作品になっています!

これからもテレビやラジオなどで久米小百合さんの歌声が聞けるのが楽しみですね!

久米小百合さん自身は芸能界への違和感などもあったようですが

確かにとても美しい方で特に当時は山口百恵さんの引退があり、

ポスト百恵などで盛り上がったというアイドル的な扱いにも

きっと戸惑いがあったと思います。

久米小百合さんは結婚後もしばらくは

オリジナルアルバムの発表などもされていましたが、

芸能界から身を引いたのはたぶんお子さんのことが大きいと思います。

不妊治療はデリケートですからね。

お子さんが欲しいという思いから10年以上も治療を続けたこと

ほんとうにつらかったと思います。

そんな待望のお子さんももうすっかり成長して、

また自分の活動を再開できるタイミングになったんですね。

久保田早紀時代のアルバムをすべて持っているファンとしては

賛美歌などの教会音楽だけでなく、

オリジナルの曲を聞きたいなと思います。

一番はいつまでも音楽と関わっていていただいきたいなと思うのが

やはりファンとしての願いですかね。

きょうも最後までよんでいただきありがとうございました。

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