金田一秀穂氏の妻と息子は?ニートからの出発と父や祖父もすごかった!

こんにちは。トミーです。

すっかり寒くなりましたがみなさんの体調は大丈夫でしょうか。。

さて、みなさんのご自宅には国語辞書は置いてありますか?

我が家の自宅には。。あるかな。。たぶんどこかに!

きっとどこかにあると思います。(汗)。。

学生の時にはわたしの時代はまだ電子辞書なんでシャレたものは無かったのであの分厚い辞書をいちいちめくって調べていましたよ。

そしてその中の国語辞書の編集者の名前が「金田一春彦」か「金田一京助」だったんですよね。

当時はミステリー作家の横溝正史さんの「八つ墓村」「悪魔が来りて笛を吹く」など何作もの映画やテレビドラマが放送されていました。

その横溝正史さんのミステリーの主人公が探偵の「金田一耕助」そう。たぶん、当時わたしの中で金田一といえば「耕助」でした。

ふと見た国語辞書の背表紙が「金田一」さんだったので、これは!横溝氏ここから名前パクったな!

なんて受験勉強をしながらぼんやり考えたもんです。

日本の国語辞書は当時ほとんど(昭和の時代です)

「金田一春彦監修」と書いてありました。

きょうはその「金第一晴彦氏」の息子さんの

「金田一秀穂さん」のご紹介です。

息子さんである金田一秀穂さんもかわった経歴をお持ちのようです。

最近は金田一秀穂さんはよくメディアにも登場されています。

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金田一秀穂氏のプロフィール

TV等でもお馴染みの言語学者、金田一秀穂さん!

氏名:金田一秀穂(きんだいちひでほ)

生年月日:1953年5月5日

出身:東京都

職業:言語学者

学歴は:上智大学文学部心理学科を卒業。

東京外語大学大学院博士課程修了。

東京外語大学では日本語学を専攻。

金田一秀穂さんは卒業後、大連外国語学院、コロンビア大学などで日本語を教え、

ハーバード大学客員研究員を経て、現在に至リマス。

素晴らしい経歴の持ち主ですね。

また、金田一秀穂さんは数々のテレビ番組の出演しており、「クイズプレゼンバラエティーQさま!!」や「今すぐ使える豆知識クイズ雑学王」などのクイズ番組でも活躍中です。

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ニートだった?

なぜ、金田一秀穂さんは言語学者になったのでしょうか?

金田一さんは「ニート」に憧れて、一時期はニート生活をしていたそうです。
経歴や現在の活躍からは、想像もつかないですね。

そもそも、金田一秀穂さんの家系は代々国語学者の家系です。その重圧に耐えられなくなり、上智大学文学部心理学科に入学しました。

そして、大学を卒業後、金田一さんは「立派なニート」になってしまったのです。

金田一秀穂さんはニート生活をしばらく続けていましたが、あるとき公園を清掃する年配者の姿に感銘を受けました。ここが分岐点となって、

東京外国語大学大学院にて、日本語学を専攻して外国で日本語を教える道に進みます。

ニートから教授にまで至ったという経歴は、金田一秀穂さんにはそれだけの要素が備わっていたということでしょうね。

父や祖父や曽祖父も!

そして、金田一秀穂さんの家系がまた凄いのです!

まず、お父様(金田一春彦)について、

金田一春彦さんも日本の言語学者、国語学者でした。国語辞書の編纂はもちろん、

方言の研究などもされていて、瑞宝重光章、勲三等旭日中綬章、紫綬褒章の勲章を受章しています。

みなさんも一度はお名前を辞書の背表紙で見たことあると思いますよ。

次にお爺様(金田一京助)について、金田一京助さんも日本の言語学者、民俗学者でした。日本のアイヌ語研究の本格的創始者としても知られています。

金田一京助さんは国学院大学の名誉教授や、東京帝国大学(現在の東京大学)の教授、NHK放送用語委員や国語審議会委員なども歴任していました。

もちろん金田一京助さんも昔は辞書の編集者として名前が載っていました。

最後のひいお爺様(金田一久米之助)について、金田一久米之助さんは旧姓梅原さん。農家の出身でしたが読み書きやそろばん、絵もうまいことから才気煥発であったところを見込まれ

地元の名家であった金田一家の娘ヤスさんと結婚。

婿養子となりました。しかし、商売下手で任された事業はことごとく失敗していました。

久米之助は子供たちに寝かしつけるときに源平盛衰記、平家物語を語って聞かせました。

金田一京助さんは盛岡中学時代は、自宅のランプから引火したボヤを消そうとして手を怪我したのが原因で中指と薬指が曲がらなくなり、

得意だった絵はあきらめ、ますます文学に熱中しました。

といった経歴があります。

文学に関わりの深い、一族であると言えますね!

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家族や息子さんは?

また、金田一秀穂さんの息子さんも凄いことになっています。

長男の金田一央紀(おうき)さんは、学歴は同志社大学を卒業後、イギリスのCentralSchool of Speech and Dramaへ留学、

入学した彼はそこで本格的な演劇を学ぶことになりました。そして、MAを取得しています。

金田一央紀さんは帰国後は舞台やミュージカルの演出助手や翻訳などを通じて下積み時代を経験。

現在は、演技のワークショップを開催したり、

演劇作品を発表したりといった活動がメインのようですので、金田一央紀さんの職業は演出家といえるでしょう。

また自身で海外の作品を翻訳することもあり、外国語が堪能と言えます!

すでに娘さんもいらっしゃるようで、

娘さんは、すでに独立し和菓子職人を目指して修行中とのことです。

娘さんは言語の専門家は目指さなかったんですね。

でも何かのプロフェッショナルを目指すあたり流石です。

金田一秀穂さんの奥様についての情報はとくに得ることはできませんでした。

終わりに

家系を見てみるとひいおじいさまの代から、文学につながっていたことがわかります。

思うことは、今の世の中では親の仕事を継いだり、親と同じ道に進むことを拒む人も多い中、代々受け継いでいるというのは、

すごく素晴らしいことですし、めずらしいことだと思いました。
また、ニートになったとしてもそこから這い上がることはとても難しいと思います。

もともと凄く優秀であったからこそ、今の金田一秀穂さんがあるのだと思います。

ここまで続いたのであれば、絶やさず続いて欲しいですね。

昔から国語辞書といえば金田一京助さんか晴彦さんでしたが、

いつの間にか息子さんに代替わりしていました。

しかもすっと言語学や民俗学の家柄。

そのままなんの躊躇もなく、その世界へ。。とは行かなかったようですが、いつの間にか同じ道を志すようになったんですね。

まあ早めに気がついてよかったです。

金田一央紀さんもちょっと専門が違いますがやはり言葉に関する感性が必要な仕事。

「血は争えない」とはまさにこの一族のことですね!

若い方は辞書さえも目にしたことがない方も多いのでは?

まあ薄くて早くて、時間も短くなって随分楽になったなとは思いますがこれでちゃんと頭に入るのかなとちょっと疑問が残ります。

わたしがおばちゃんだからそう思うのかしら。。

金田一秀穂さんも息子さんの金田一央紀さんも人前に出る仕事をされているのは同じ。

また言葉を大切に扱うという点では同じ土俵に立っていますよね。

これからも金田一秀穂さんも息子さんの金田一央紀さんには日本語の大切さを伝えていってほしいと思います。

きょうも最後まで読んでいただいていありがとうございました。

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