波田陽区の今現在と年収は?福岡では嫁も一緒なの?離婚の噂も!

こんにちは。トミーです。

みなさんは波田陽区さんを知ってますよね。

「ざんねん」

のフレーズで一世を風靡しましたよね。

こうして文字にすると「ざんねん」の一言だけなんだ。。

と思われがちですが。

毎回いろいろな有名人を浪人のかっこうで残念の一言で切っていく感じは

ちょっとスカッとしたものですたよね。

あの『ギター侍』波田陽区さんの現在について調べてみました。

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波田陽区さんのプロフィール

本名:波田晃(はだ あきら)

ニックネーム:ギター侍

生年月日:1975年6月5日

出身地:山口県下関市

血液型:O型

身長:164cm

事務所:ワタナベエンターテインメント九州事業本部

特技:書道、オセロ、けん玉、ボーリング、バドミントン

趣味:宇宙研究、ジョギング、ガーデニング、ペタンク、料理、イラスト作成

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「残念」でブレイク

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学歴は、山口県立豊浦高等学校、熊本学園大学商学部経営学科を卒業しています。

大学時代には『テンポイント』というコンビを組んでいました。

1998年にデビューしていて、

事務所に入る前には『波田ベッケンバウアー』『波田ペレ』など、

有名サッカー選手の名前を使ってライブ活動をしていました。

しかし、顔やネタに華やかさがなかったことから、

華やかな街のニューヨークから『波田ニューヨーク』とつけました。

その後、「もうニュー(新しい)ではない」という理由から芸名から「ニュー」を消して「ヨーク」を「陽区」に変更。

これで現在の芸名である『波田陽区』という名前になりました。

長年ファミリーマートでアルバイトをしていて、副店長の経験があるようです。

2004年『エンタの神様』で「ギター侍」のネタを披露したことからブレイクしました。

ギター侍のネタは・・・

着流し姿でギターを構え「拙者、ギター侍じゃ・・・」とギターを弾き始めます。

ギターの節に合わせて「私○○○(有名人の名前)。△△△△△って、言うじゃなーい?」

「でもアンタ、✕✕✕✕✕ですから!残念!!●●●●斬り!!」

最後に「拙者、□□□□□でしたから・・・切腹!!」と自虐で終わるネタです。

エンタの神様でブレイクしてからは、各テレビから引っ張りだこになり、

クイズ番組『クイズヘキサゴン!!』に出演するなど超売れっ子になりました。

とても多忙だった為、自宅に帰れずホテルで寝泊まりし、

睡眠時間2〜3時間でネタを考えていたそうです。

2004年末まら2005年末にかけてがテレビ出演のピーク。

2004年のピーク時の最高月収が2800万円だったことを暴露されています。

ちなみに、この額は所属するワタナベエンターテインメントの持ち分50%を差し引いた波田陽区さん自身の手取りの額です。

しかし、当時の収入の多くはホテル代に消えてしまったんだとか・・・。

結局、事務所へ利益をもたらしただけだったかも?

それでもこの稼ぎはすごいです。

ほんとうにブレイクしてましたよね。

「消えた」と言われて

ブレイクから約1年ほどで波田陽区さんの人気は次第に低迷してしまし、

テレビで見ることが少なくなってしまいました。

仕事は地方での営業がほとんどとなり、」「一発屋」と呼ばれるようになります。

更に、実のお兄さんから「芸名を変えてほしい」と言われたそうです。

その理由は、芸名に本名の「波田」という名前が入っていたことで、

「一発屋の兄」、「弟がスベってるね」など言われたからだそうです。

波田陽区さんがテレビから消えてしまったのはネタに飽きられてしまったから。

波田陽区さんはテレビで

「仕事ゼロ、芸能界の友人ゼロ、地元の友達ゼロ、一緒に食事する先輩&後輩ゼロ、誕生日&あけおめメール受信件数ゼロ。」

と明かしています。

波田陽区さんの人気が低迷すると同時に、

それまでそばにいた人たちもいなくなってしまったとのことです。

波田陽区さんは人間不信に陥ってしまい、

それが原因で親身になってくれた先輩たちのアドバスも無視してしまい、

結果ひとりぼっちになってしまいました。

また、波田陽区さんの毒舌ネタで、資生堂がスポンサーの「おしゃれカンケイ」を「汚れカンケイ」と斬ってしまい、

このことが理由で資生堂が「エンタの神様」のスポンサーを降板してしまいました。

これも波田陽区さんがテレビから姿を消す大きな原因となっていたようです。

これは放送しちゃったテレビ局にも問題はありますけどね。

更にビートたけしさんを怒らせてしまったことも原因だと言われています。

あるビートたけしさんの冠番組に出演した波田陽区さんがギター侍のネタを披露したのですが、

その時のネタにしたのが当時できちゃった結婚をしたたけしさんの娘だったことで、たけしさんが激怒したそうです。

たけしさんがスタジオの椅子を波田陽区さんに投げつけようとしたのを他の共演者が必死に止め、

その場はなんとか収まったそうですが、その後のスタジオの空気は凍りついてしまったそうです。

このようなことが要因となってピーク時に2800万円あった月収がほぼなくなってしまいました。

嫁についてと離婚の噂も

2007年6月5日に大学時代に知り合った2歳年上の元保育士の女性と結婚しています。そのとき婚姻届の証人となったのは間寛平さんです。

2人は1995年同じ大学の文化祭で出会ったそうです。

奥さんの「スラッとして色白なところ」に波田陽区さんが一目惚れしたんだとか。

みんなで一緒にご飯を食べに行った時に、

脇目も振らず奥さんに全力でアプローチして、出会って1ヶ月で交際がスタートしたそうです。

その後、12年の交際を経て結婚されました。

波田陽区さん曰く、奥さんはどんなことがあっても愚痴や不満を漏らさない方だそうです。

お金がなくてデートが公園や池になっても、何一つ文句を言わないのだとか。

波田陽区さんが一発屋芸人になっても

「元気だったらいいよ」と言ってくれるほど、とても寛容な奥さんのようですね。

2009年7月31日には長男が産まれています。

最近波田陽区さんが離婚したのではないかという噂があるようですが、離婚はしていないようです。

波田陽区さんの仕事がなくなって収入が激減したことから離婚するのではないかという噂が流れたようですが、

波田陽区さんが売れていない時から支えてくれていた奥さんなので、

売れなくなったことで離婚ということにはならなそうですね。

今現在と福岡に移住のきっかけは?

波田陽区さんは2016年3月に活動の拠点を山口・九州エリアに移しています。

このことについて波田陽区さんは、

「40歳を機に大好きな故郷で、

残りの人生を過ごしたいと思った。

一発屋といわれるけど、

東京で一発当てたのはむすろモチベーションになっている。

前向きな気持ちで故郷に帰ります。

波田陽区が消えったていうじゃな〜い?

でも故郷でもう一発当てますから!残念!」

と語っています。

波田陽区さんが東京の街を歩いていると、

一般人に「あいつなんだっけ?」と過去の人扱いされ、

一緒に歩いていた奥さんや子供に悲しい思いをさせてしまったといいます。

一時期子供には「お父さんと一緒に外に出たくない!」とまで言われたそうです。

そこで波田陽区さんは「これじゃいけない。

家族のためにも、もう一度気合を入れ直す」「地元に愛していただけるタレントになりたい」

と決意して移住を決めたようです。

「今は天狗じゃない。呼ばれた仕事は全部行くと思っています。今は希望しかないですね」

と新天地での決意を語っていました。

終わりに

「エンタの神様」で大ブレイクし、

1年ほどで「一発屋芸人」になってしまった波田陽区さんですが、

地元で愛される芸人を目指して頑張っているようです。

きちんと今後を考えて活動拠点を変えるあたり波田陽区さんはきちんとしたビジョンをもって行動できるけっこう頭の良い方なんだと思いました。

「そんなの関係ねー」の小島よしおさんも活動の場を保育園や幼稚園など現在は子供たちに受けて大活躍中のようですし。

テレビだけが成功の象徴というわけでも無いと思います。

献身的に支えてくれている奥さんやお子さんのためにも

もう一発当てて再ブレイクしてほしいですね!

きょうも最後まで読んでいただいてありがとうございました。

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