浜田登監督(富島高校野球部)の出身高校や大学は?経歴も調査!

こんにちは。宮崎出身のトミーです。

春の高校野球に地元の富島高校が初出場ということで

今回野球部とその監督を努めている浜田登さんについて調べてみたいと思います。

宮崎県の富島高校は宮崎県の県北にある日向市にある県立高校です。

わたしも実は宮崎県日向市の出身です。

わたしは富島高校の出身ではないんですがわたしの両親が富島高校の出身です。

今回の甲子園の出場は両親にとっても嬉しいでき事のようです。

富島高校は日向市では一番古い高校なんです。

創立は1916年というから創立100年を超えたんですね。

わたしの出身高校ももともとは富島高校の普通科が別れてできた高校なんです。

市の中心部。駅からも一番近い立地で場所も市内の高校の中で一番いい場所です。

富島高校というと商業系や家政科がメインなので女子生徒がとても多いのです。

なのでもともと男子生徒が少ない上に

さらに野球部で甲子園に出場するまでに強くなるってもうすごいことだとわかりますよね。

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もともと弱かった野球部

そう女子生徒が多い学校なんで

もともと野球部はもろ弱小チームの印象でした。

印象ではなく本当に弱かった。

夏の甲子園の予選なんかでもほとんど初戦敗退でした。

そもそも野球部の存続すら危うかった時期もあったようです。

しょうがないですよね。

なんせ部員も5人という時期もあったそうですから。

そんな廃部の危機だった野球部が30人以上の部員を抱えて

九州でも強豪校の仲間入りをして

さらに甲子園初出場を果たすまで

どれだけのドラマがあったのか!

選手も気になりますがやはり監督も気になりますよね。

きょうは富島高校の野球部の監督である浜田登さんについて調査してみます。

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浜田登監督の出身高校は?

浜田登さんが富島高校野球部の監督に就任したのは

2013年です。

浜田登さんは宮崎市にある宮崎商業高校のご出身。

もともとは母校の野球部のコーチを努めていました。

残念ながら浜田登監督の生年月日などの情報は確認することができませんでした。

現在50歳ですね。

1967年生まれでしょうか。

浜田登監督は2008年から母校である宮崎商業高校の野球部監督に就任し、

見事夏の甲子園への出場切符を手にします。

その当時の選手だった赤川克紀選手が同年秋のドラフトでヤクルトから1位指名を受けました。

ドラフト1位のプロ野球選手を育てた監督なんですね。

よく富島に来てくれたもんです。

宮崎はおそらく都会に比べれば学校数は圧倒的に少ないのですが

案外野球に関しては強豪校は多くて

だいたい代表に勝ち残る高校って決まってるんですね。

県北だけでも今回同じく甲子園に出場する延岡学園なんかも

昔から野球には力を入れてきた高校でしかも私立ですから、

実力のある生徒を県外から引っぱってこれたりもするし

県立はそんなことはあまりでしきないですもんね。

就任当時浜田登監督は

「3年で九州大会、4年で甲子園に行きます」と宣言していました。

まさに有言実行。

こうやって宣言することで自分自身への覚悟の気持ちもあったのかもしれません。

2013年に浜田登監督が就任してから徐々に実力のある生徒が集まってきたということですが

それでも4年で甲子園はすごいです。

重ねて言いますが野球部の存続自体危なかった高校です。

きっと最初にこの宣言を聞いた人みんなが「眉唾」だと思ったに違いありません。

それでも「浜田監督ならひょっとして」という期待もあったはず。

これまでの経歴は?

浜田登監督は

小学校3年生のころから野球をはじめました。

出身は宮崎県宮崎市の田野町。

宮崎商業高校野球部で活躍したのち

九州国際大学を卒業しました。

その後宮崎県内の企業で働きながら

教員採用試験に合格します。

そして2008年には母校である宮崎商業高校に就任し

野球部を39年ぶりに甲子園へと導きました。

結婚は?

浜田登監督は現在50歳です

奥さまは早苗さんとおっしゃるそうです。

お住まい佐土原町。

毎日車通勤されているんだとか。。

佐土原なんですね。

日向からだとけっこうありますよ。

今は高速道路も整備されたので通勤も楽になったかもしれませんね。

浜田登監督は少しでも強いチームにするために

全国から指導者が集まる研修会に参加したり

元横浜高校野球部部長だった方に指導を仰いだり

またグランドの土の入れ替え支柱をたててネットを貼るなど

さまざまな取り組みをしてこられました。

小さな改革の積み重ねが

強いチームを作った礎になっているんですね。

2017年九州大会県予選では逆転を繰り返し準優勝。

九州大会2位という快挙。

そしてめでたく春のセンバツ出場となりました。

今回の初出場に際し浜田監督は

 「やり方次第で甲子園には行ける。公立校の選手の励みになれば」

とインタビューで述べています。

じゅうぶん励みになったと思います。

終わりに

一つの高校が甲子園に出場。

それだけのことなのに、

地元住民はもちろん、

さまざまな人々に夢を与えるきっかけになるんですね。

わたしも地元の出身者として応援しています。

とても楽しみです。

宮崎の人はのんびりした人が多いんです。

特に日向の人は競争心とかあまり縁がないところなんです。

浜田登監督の就任で意識改革ももちろんあったと思いますが

「やればできるんだ」というこの経験がチームのメンバーのこれからの生き方に大きな影響を与えることでしょう。

浜田登監督率いる富島高校野球部の快進撃を楽しみにしています。

きょうも最後まで読んでいただいてありがとうございました。

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