ダイアナ元妃とハスナットカーンの関係は?今現在や結婚や妻について!

こんにちは。
トミーです。

みなさんダイアナ妃のことはご存知でしょうか?
若い方は知らないかもしれませんが
ダイアナ妃(元妃)はイギリスのチャールズ皇太子の元の奥さんです。

今はチャールズ皇太子はずっと愛人関係のあったカミラさんと再婚したので今はカミラさんがお妃さまですが

やはりわたしはイギリスの皇太子妃といえばダイアナ妃と思います。

ダイアナ妃はすでにこの世を去っています。

今年で20年になります。もう20年ですか。。

わたしなんてチャールズ皇太子と婚約発表したときのことなんかおもよく覚えていますけど。。

めっちゃきれいな人でしたね。だから余計にマスコミに追われたんですね。

調べると彼女の死はとても謎にみちちてるということがわかりました。

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ダイアナ元妃とは?

本名:ダイアナ・フランセス

生年月日:1961年7月1日

没年月日:1997年8月31日享年36歳

ダイアナ元妃は名門貴族のスペンサー伯爵家のエドワード・ジョン・スペンサーとその夫人フランセスの3女として生まれました。

もともとはチャールズ皇太子はダイアナ元妃のお姉さんとお付き合いされていて、チャールズ皇太子はガールフレンドの妹として出会ったのが最初みたいですね。

チャールズ皇太子はもともと女性関係は派手だったみたいでいろんな令嬢と浮名を流していました。

その中の一人がカミラさんなんです。

ダイアナ元妃は貴族出身のお嬢様ですがご両親は彼女が小さいころに離婚していて、お母さんが不倫していたことなどもありダイアナと弟のチャールズの親権はお父さんが持つことになりました。

ですがお父さんお再婚相手、つまり継母との折り合いも悪かったみたいです。

寄宿学校やダンススクールお料理学校、花嫁学校!などいろいろな学校に入りますが、どれも長く続かず。

運動神経は抜群だったダイアナさんですがあまり勉強はできなかったみたいです。

明るい性格でお友達はたくさんいたみたいですよ。

その後ダイアナさんはロンドンで一人暮らしを始めますが、友達を募って共同生活いわゆるお部屋をシャアしたり、保母さんのお仕事をしたりとお嬢様でありながら自立した生活をしていました。

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チャールズ皇太子と交際のきっかけは?

もともとはお姉さんと交際していたチャールズ皇太子とは、まだ16歳だったころの一度出会っていますが、そのころはお互いに恋愛感情などまったく芽生えることもなく「元気なティーンだ」とチャールズ皇太子は思ったそうです。

その後ダイアナさんは姉妹でパーティーに出席します。その時に美しく成長したダイアナを見て、心惹かれたそうです。

その後はチャールズが頻繁にダイアナを自宅に招いたり遊びに誘ったりして交際に発展しました。

結婚をあせっていた?

ダイアナさんはまだ若くて男性経験もなく、まだおとなしかった(当時)のでダイアナさんはチャールズ皇太子にとっても王室にとってもちょうどいい結婚のお相手だったんですね。

チャールズ皇太子は跡継ぎの問題もあって周りから結婚を急がされていたとの情報もあります。

どちらにしてもダイアナさんはちょうど良い相手だったんですね。

交際発覚と結婚

1980年にはダイアナさんととチャールズ皇太子との交際が世間に発覚。

1981年2月6日にチャールズ皇太子はウィンザー城でダイアナにプロポーズし、ダイアナはプロポーズを受けました。

この婚約発表の時には日本でもかなり報道されました。なによりダイアナさんがめっちゃ美人だったことが話題になったんですよね。

名前もダイアナななんて華やかな名前だったし。

結婚式は1981年7月29日にセント・ポール大聖堂で行われました。この式も日本で中継されました。日本からは現在の天皇陛下当時はまだ皇太子だった明仁親王と美智子皇太子妃が出席されています。

二人の王子の誕生

1982年6月21日に長男のウィリアム王子

1984年9月15日にヘンリー王子を出産しました。

このころまでは夫婦仲なまずまずだったみたいなんですが、

そのあと、チャールズ皇太子は別の屋敷で過ごすことが増えて、宮殿は皇太子不在となることが多くなりました。

日本へ1986年にチャールズ皇太子とともに来日。

ものすごいフィーバーとなりました。

そのころ一度は別れたカミラさんとまだ関係を復活させました。

その後は別居、離婚と行くわけです。

もちろん日本にも皇太子夫妻の不仲説は報道されていました。

当時の二人の関係を物語る動画を覚えています。

海外へ二人が赴いたときに何か書類にサインするときだったかチャールズ皇太子が自分の名前のサインを終えた後にダイアナ妃に自分が使ったペンを渡そうとしたんですが

その差し出されたペンをダイアナ妃は無視してほかのひとからペンを受け取りサイン。

差し出されたペンがむなしく宙に浮いていました。

あの動画を見たときに「あちゃーこの二人終わってるな」と思ったもんです。

しかもカミラさんとの不倫をあっさり認めちゃったもんだから世間はダイアナ妃に同情的でチャールズ皇太子は避難されていました。

その後ダイアナ元妃も不倫していたと告白しています。

二人はパパラッチにすごく追いかけられていたのにどうやってそんな監視をかいくぐってほかの異性に合えるのか不思議でした。

1998年8月28日に二人は正式に離婚しました。

離婚に伴い1700万ポンド約29億円の慰謝料もダイアナ元妃に支払われました。

王室ってお金持ちだったんですね!

さらに離婚後もダイアナ元妃は宮殿にそのまま住み続けて、年間40万ポンド、約6800万円の維持費をもらってたというから

どんだけチャールズ皇太子は立場が弱かったんでしょうか。。

ま最初にダイアナ妃を裏切ったのはチャールズ皇太子ですからね。
もともとおぼっちゃまだったので自立した女性とは合わなかったんでしょうね。

ハスナット・カーン氏とは?

ダイアナ元妃と交際していたとされる「ハスナット・カーン氏」とはいったいどんな人なんでしょうか?

ハスナット・カーン氏は、

1959年4月1日パキスタンパンジャーブ州ジェルムに4人兄弟の長男として生まれました。

親戚に政治家がいたりとパキスタンでは名家でお金持ちのようですね。

ハスナット・カーン氏はロンドンの医大であるインペリアル・カレッジスクール・オブ・メディシン(ICSM)を卒業しました。

専門は心臓血管外科です。

シドニーの病院で勤務した後ロンドンにうつり、イギリスのいろいろな病院で勤務しています。

イングランド王立外科医師会会員(FRCS)にもなっていて、この機関に登録されていえる医師は一流の腕前をもっているということなんだそう。

ハスナット・カーン氏はできる男なんですね。

ハスナット・カーン氏はイギリス帰化し、イギリス系パキスタン人となっています。

ダイアナ元妃との出会いは?

ダイアナ元妃とハスナット・カーン氏との出会いはダイアナがロンドンの病院を視察したことがきっかけだったといわれています。

その病院にはスタット・カーン氏は務めていました。

医療の現場で人を救うために尽力しているカーン氏と慈善事業に熱心なダイアナ元妃とは互いにひかれあったようです。

ロミオとジュリエット

ダイアナ元妃とハスナット・カーン氏の交際は結局はうあくいかなかったんですね。

原因はもともとが違う国の人間だということ

そしてもう一つは宗教の問題です。

かつての植民地出身の医師と元イギリス王族だった二人の交際は周りの反対も多かったようです。

ハスなった・カーン医師のご両親はイスラム教徒でないダイアナ元妃と交際や結婚をすることには反対だったようですね。

マスコミはこの二人の仲について「ロミオとジュリエット」と言い表したそうです。

まあそんな物語の方な綺麗なもんじゃないとは思いますが。。

それでも二人はマスコミの眼をさけてデートしていたようです。

マスコミがハスナット・カーン医師の職場にまで押しかけて、周囲を困惑させたりお互いが好きでも会うこともむつかしくなっていったようです。

ダイアナ元妃がハスナット・カーン氏をかばうために交際について交際について全面否定したことがあり、この健でハスナット・カーン氏はかなり傷ついたようです。

二股交際について

ダイアナ元妃はこのハスなったカーン氏のほかにもうひとりの男性との関係についてもマスコミに追われることになりました。

それが最後にダイアナと一緒だったドディ・アルファイド氏です。

ドディ・アルファイド氏とは?

生年月日:1955年4月15日

没年月日:1997年8月31日享年42歳

ドディ・アルファイド氏は父がエジプトの大富豪であの老舗のデパート「ハロッズ」の「ホテル・リッツ・パリ」の所有者なんです。

エジプトで生まれたドディ・アルファイド氏はスイスの寄宿学校で学んだあと、映画のプロデューサーとして活動。

映画の「炎のランナー」や「フック」などを手掛けています。

ドディ・アルファイド氏とダイアナ元妃は1990年ごろから頃から交際していたといわれています。

最初に記載したハスナット・カーン医師とアルファイド氏と交際時期が重なっていて、二股で交際していたんでは?と言われています。

事故時の状況

ダイアナ元妃はアルファイド氏にパリに招かれ、そこでアルファイド氏のアパートメントに向かう途中でパパラッチの追跡にあい、トンネル内え時速135㎞から150㎞という猛スピードで追跡をかわそうとした結果、中央分離帯に激突しました。

車に乗っていたダイアナ元妃とアルファイド氏、運転手は死亡。ボディガードのジョーンズ氏だけが生き残りました。

プリポーズ直前だった

再任になってダイアナ元妃の執事だった人物がダイアナ元妃から贈られてきた手紙を公表しました。

それによるとアルファイド氏はダイアナ元妃にプロポーズをする予定だったとされていて、すでに日本円で何億円もする指輪を準備していたそうです。

ダイアナは事前にプロポーズされることを察知し断るにはどうすればいいかということを相談していたとも言われています。

もし事故にあわなかったらダイアナ元妃はプロポーズをことわっていたんでしょうか?

この事故にあったころはハスナット・カーン氏とは別れていたような状態だったみたいですがダイアナ元妃はハスナット氏に会いたくて執事に連絡先を調べるように依頼していたとか。

結婚は?

ダイアナ元妃が事故で亡くなったあとはハスナット・カーン氏はいわゆるお見合いで結婚しました。

お相手について

ハーディア・シェール・アリ元王女(旧アフガニスカン王国)
と結婚します.同じイスラム教徒の方の様です。

二人は2006年に結婚しますが2007年11月には離婚しています。

現在は?

ハスナット・カーン氏の現在は詳細はわかりませんが、イギリスの病院で心臓血管外科の医師として働いていることと思います。

離婚後の再婚についての情報なないのでおそらく、今も独身だと思われます。

ダイアナ元妃との恋愛が彼の中ではまだ続いているのかも。。

暗殺説も根強く存在

ダイアナ元妃については事故死として今のところ処理されていますが今だに暗殺説も根強く残っています。

暗殺された原因はダイアナ元妃に妊娠の可能性があったから

王族に属していた元皇太子妃が一般人との子供を身ごもること自体が王室では許されないことのようで、それならばダイアナ元妃を殺してしまおうと考えたんだとか。。

そのダイアナ暗殺を指導したのはエリザベス女王だとかチャールズ皇太子だとかいろいろ言われています。

妊娠説についてはダイアナ元妃の検死を行った病院が否定しているようです。

最後に

ダイアナ元妃が亡くなった知らせを受けた後、チャールズ皇太子はすでに夫婦では無かったにもかかわらず王室の専用機でパリに遺体の引き取りに行ったそうです。

そしてお葬式も国葬に近い形に行っています。

最後の最後にお葬式で元妻のために頑張ったんですね。

その後カミラさんと再婚したチャールズ皇太子。

今度は奥さんをしっかり生きいるうちに守ってくださいね。

ハスナット・カーン氏はダイアナの恋人は自分だったと信じているようです。

当時の執事さんの証言ではダイアナ元妃自身、ハスナット・カーン氏との連絡をなんとか取りたいと訴える直筆のお手紙も公表したりしています。

突然の死から20年。

ダイアナさんの本当の気持ちはわからないし永遠に答えはでませんが、平和を愛する気持ちは永遠に語る継がれていくといいなと思います。

きょうも最後まで読んでいただきありがとうごいました

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