麻原彰晃の現在と子供について!妻や生い立ちも調査!Xデーはいつ?

こんにちは。

とみーです。

みなさんはオウム真理教が数々の事件を起こした時のことは覚えていらっしゃいますか?

わたしはすでに社会人で都内の大学病院で働いていましたが、

ちょうど地下鉄サリン事件の時に勤務していて、

わたしの勤務する大学病院にも地下鉄で被害に合われたかたが運び込まれて、

院内は騒然としていました。

事件のあった地下鉄はちょうど勤務先から近くて、

無事に帰宅できるのかしら。。

と心配になったのも覚えています。

その時点ではまだ何が起こっているのかわかっていませんでした。

その後それらの事件にオウム真理教が関わっていることがわかってきました。

特に当時驚きとともに恐ろしかったのが教団が人を殺害するためのVXガスや

そしてたくさんの人々を死に追いやった「サリン」などの猛毒をを教団が造っていたということです。

他に炭疽菌なども造っていたようです。

まさに戦後日本の犯罪史上まれにみる凶悪事件だったと思います。

事件に関わったオウム真理教の信者は多数に登り

死刑の判決を受けた信者も多数に登ります。

宗教って人を救うものだと思っていたわたしはこの一連のオウムの事件を受けて

必ずしも宗教が人を救うわけではないんだと思いました。

2018年3月オウム真理教事件で死刑が確定している死刑囚の13人が

東京拘置所から別の5箇所の拘置所に移送され、話題になりました。

これはこの死刑囚たちの「死刑が執行される日が近いのでは?」

という憶測を呼ぶ結果となりました。

わたしにはこの別々の拘置所へ送られた意味はよくわかりませんが、

このオウム真理教事件で死刑判決を受けた人物がまだ一人も死刑が執行されていないのです。

そう考えるとそろそろ。。と考えても不思議ではありません。

2018年2月に地下鉄サリン事件に関わったと罪に問われていた

高橋克也被告の上告が棄却されています。

これにより高橋克也被告は無期懲役が確定しています。

この裁判の終了により長年続いてきた、オウム真理教が関与した犯罪に対する裁判が全て終了しています。

このすべての裁判の終了も死刑執行が近いのでは無いかという

憶測を呼ぶ要因になっています。

きょうはそのオウム真理教事件の教祖様で

死刑囚の麻原彰晃に関して現在の様子など調べてみたいと思います。

そもそもこの麻原彰晃ってどこの人で、どんな生い立ちだったの?

知らないことも多いですよね。

オウム真理教といえば教祖の麻原彰晃死刑囚です。

教団が麻原彰晃を中心とするカルト教団へと

変貌する中で教団が資金集めのためにいろいろな商品をご利益がある

として信者に売りさばいていたそうですが、

その商品の中には麻原彰晃の頭髪や血、

麻原彰晃の入った風呂の残り湯などの、奇怪な商品を高価で販売するなどして、

多額の金品を得て教団を拡大させていました。

まったく常軌を逸してますよね。

わたしは洗脳されたことが無いのでよくわかりませんが、

一度洗脳されて信じてしまえば、

たとえ高額でも欲しくなってしまうんですかね。

殺人までおかしてしまうほど、正しいことを判断する能力を奪ってしまうものなんでしょか。。

やはり理解でききません。

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麻原彰晃の生い立ちは?

麻原彰晃こと松本智津夫は1955年3月2日熊本県の八代市に生まれました。

父親は畳職人で、

9人兄弟の4男(第7子)でした。

先天性の緑内障のため左目はほとんど見えていませんでした。

右目は1.0程度。

左目に関しては水俣病の影響もあるのでは。。と本人や家族は考えていたそうですが

申請は却下され、水俣病とは認定はされていません。

ちなみに12歳年上の長兄も全盲で、5男も弱視だったそうです。

もともと眼に障害のある家系だったのかもしれませんね。

水俣病との因果関係はわかりません。

学校は盲学校に入学しています。

麻原彰晃は全盲では無かったため

他の目の不自由な生徒を子分のように扱ったり

一緒に外出させて、食事をおごらせたり、

麻原彰晃の欲しいものを買わせたり、

こりゃもう恐喝を学生のころからやってたんですね。

権力欲も強く、生徒会長にも何度となく立候補したり寮長にも立候補していますが、

すべて落選。

この落選についてすべて教示の陰謀だと自治会で主張しています。

当時から虚言と言うか妄想というかそういうのがあったんですね。

あの人の言ってることはほとんど妄想ですが、当時からだんだん出来上がってきたんですね。

*自分は将来医者になる

*自分は将来内閣総理大臣になる

まあ、言うだけならいつでもいいけど。。

などかなり「大きなこと」を言って、そして自分より立場の弱いに人たちをどうどうと力で押さえて

自分を常に有利な立場に行こうとしていたんですね。

高校を卒業するときにはすでに恐喝などで300万円の貯金があったというから

並大抵の守銭奴ではありませんね。

結局予備校に通っても医学部には合格せず。

さらに東大受験を目指して代々木ゼミナールにも通いますが、

結局東大受験は諦めています。

ずっと受験勉強に専念していたわけではなく、

お兄さんの経営する漢方のお店を手伝ったりしていたようです。

地元熊本と東京を行ったり来たりでしょうか。

まあ経済的にもたいへんですよね。

何年も。

妻とは予備校で出会う

妻である松本知子氏とは代々木ゼミナールで出会っています。

1981年に結婚しています。

結婚後は千葉県に移り住み鍼灸院を開業します。

鍼灸師として患者さんの治療に当たる中、

鍼灸では患者さんの病気を完治させることはできないと無常観をいだき

なぜかさまざまな運命論の勉強をはじめます。

四柱推命や気学らしんのですが。。

この人の思考回路が謎ですね。

鍼灸では病気を治せない。

そりゃ当然ですよね。

でも苦痛を少しでも緩和したり予防したり、

けっこうできることもあるはずです。

わたしも鍼治療受けたことありますが

けっこう肩こりなど楽になりました。

しかも麻原彰晃は鍼灸治療に関する保険請求を不正請求していて、

670万円の返金を要求されています。

このあと、精神世界に系統していき、

自分が教祖様になっていくんですが、

ここまででもそうとうやることが中途半端な人だと思いませんか?

ほんとに医者になりたい、政治家になりたいのであれば

そのように行動すればいいだけなのに。。

とにかく世の中を征服したいとか

権力を握りたいとか人の上に立ちたい。

とかそういう欲求だけがすごく見え隠れしています。

妻である松本知子氏はこの人のどこが良かったんでしょうね。。

結局麻原彰晃との間には6人の子供を設けています。

現在は?

そんな麻原彰晃こと松本智津夫被告は

1995年5月16日に逮捕されました。

逮捕の時の警察の大掛かりな操作もずっと中継されていましたよね。

現在も東京拘置所の収監されていると言われています。

麻原彰晃こと松本智津夫死刑囚の状況についてたびたび報道もされていました。

留置生活7ヶ月頃の報道では

「最近は決まって7日おきにオネショをしている。」

「拘置所が提供する食事を一切摂らなくなった」

「わめく、取り乱す、駄々をこねる」

「ワー、とかギャー」などの奇声をはっするとか

「職員へ毒づく」

「公判中も突然大声を発する」

公判中の奇声に関してはすでに何度もやっており退廷を命じられることも4回だとか。。

他にも麻原彰晃の妄想の世界のストーリーも出てくることもありました。

たとえば。。

*第3次世界大戦が勃発していて、日本の領土はなくなっている。

*自分(麻原彰晃)はエンタープライズのような

原子力空母の上でどういう原理で自分が

無罪になったかを全世界に演説していた。

そのため、日本語、英語を双方で語る必要がある。

と思っている

*日本がすでになくなっているため裁判にも

陪審制が取り入れられていて花園陽一という陪審員が

麻原彰晃無罪の決めてとなったと思っている

もちろん花園陽一なる人物は存在していません。

これらは麻原彰晃の妄想ということになっていますが、

ひょっとして精神疾患だと見せかけて、

裁判で無罪になるためのお芝居なんじゃないかという声もあります。

わたしもそうじゃないかなと思っていました。

ですが専門家によるとこれは「拘禁症状」という長期間の身柄の拘束による精神反応ということなんです。

さらに30分接見した精神科医の所見によると

現在の麻原彰晃はすでに人と意思疎通できる状態では無いほどな精神状態で、

裁判を受ける能力は完全に失っていると診断しています。

何を話しかけても反応を示さずなにかぶつぶつとつぶやいているとか。。

排泄もすべておむつ。

自分で排泄もできない状況なんですね。

しかも拘置所でのおむつ交換は一日一回だとか。。

これに関しては本当かどうかわかりません。

あれだけ大きな大人だとさすがに1日一回のおむつ交換では

不衛生だし、皮膚にもなにか異常が起こりそうです。

食事も自分ではできないのでしょうか。。

情報によると

ごはん、おかず、汁物などを一緒のお椀にいれたものをひとくちずつスプーンで口に運んでいるとか、、

いっしょにしたものだとしても自分で食べるという行為ができるなら

まだ良いかなと思います。

食事まで誰かの手で食べさせないといけないならもう寝たきり老人と同じですもんね。

もしこれが本当だとしたら、

もともと公判を維持できていないのではないかと思います。

心神喪失ではないの?

もし麻原彰晃が本当に心神喪失の状況だとすると

そもそも公判を維持することはできませんでした。

たとて麻原彰晃が凶悪事件の首謀者だとしても訴訟能力が無い

と判断されれば、それだけで罪に問えなくなるはずです。

でも麻原彰晃は死刑という判決が確定しています。

拘置所や裁判中のさまざまな奇声や奇行はすべて「詐病」つまり

仮病と診断されているんですね。

この診断については専門の医師の間でもさまざまな意見が出ているようです。

ですが

日本の犯罪史上もっとも凶悪な事件の首謀者を精神疾患があるからと簡単に無罪にしてしまうこともできませんよね。

これまでのところ麻原彰晃に関しては訴訟能力があると判断されているんですね。

麻原の子供はどうしてるの?

麻原彰晃こと松本智津夫死刑囚には

子供が12人います。

このうち6人が妻である松本知子との子供です。

ではあとの6人は別の女性との間の子供だったんとは。。

この12人のその後はどうなっているんでしょうか。。

長女

1978年生まれの長女は

現在40歳前後ですね。

事件当時は17歳前後。

多感な年齢でしたね。

ですが麻原彰晃つまり

オウム真理教の教祖の長女として

ドゥルガーなる教団内での名前も与えられ、
教団では正悟師、流通監視省大臣

という幹部?の地位にあったようです。

次女

次女は1981年生まれ。

現在37歳くらいですか。

事件当時は14再前後。

すべてを分かっている年齢ですね。

カーリーという教団内での名前でした。

三女

1983年生まれ

現在35歳前後

事件当時は12歳前後ですね。

この三女(松本麗華)氏は

父でありオウム真理教の教祖

麻原彰晃に特に可愛がられていたらしく

2人の姉を差し置いて、

教団内では麻原彰晃に次ぐ正大師という

地位でした。

2000年に次女とともに長男を連れ去る事件を起こし、

保護観察処分を受けています。

2015年に本名の松本麗華として

マスコミに登場し、手記も出版しました。

現在は次女と長男とで生活しています。

四女

1989年いまれ

事件当時は5,6歳でしょうか。。

現在は22歳くらいですか。

2010年に松本聡香と言う名義で

著書「私はなぜ麻原彰晃の娘に生まれてしまったのか」を出版しています。

教団からは離れマンガ喫茶などの寝泊まりしているとの情報も。

著書の中で四女は

「父の死刑は絶対に執行されるべきだ」と述べています。

長男

1992年生まれ

事件当時はまだ3,4歳くらいですね。

当時教団からは皇子の称号を与えられていたとか。。

どこの国の皇子なんだか。。

現在は26歳前後

現在は次女、三女と生活しているそう。

次男

1994年生まれ

現在24歳前後でしょうか。。

事件当時はまだ1歳前後ですね。

この次男も皇子だったそう。

現在は母親である松本知子と生活しています。

さらに麻原彰晃の子供は他に

教団の信者だった石井久子が生んだ子供が3人

さらに他の女性にとの間にも麻原彰晃は子供を作っています。

合計12人。

子どもたち。とくに麻原彰晃と妻である松本知子との間の子供は

学校入学も拒否されたりと

かなりたいへんな生活を送って来ているようです。

もちろん兄弟もバラバラの生活。

といっても次女と三女、長男は一緒に生活しているようですが。。

年齢もばらばらだから

事件当時物心ついていたか、ついてなかったか。も関係性に大きな影響が

あったと思われます。

先に記載していますが

それぞれ、三女、四女は発表しています。

それぞれ父親である麻原彰晃への考え方も違います。

特に三女の松本麗華は

「自分だけは父親のみかたでいたい」と考え、

四女は「罪を犯したのだから死刑は当然」と考えています。

まあ三女は特に麻原彰晃から溺愛されていたようですので、

自分だけでもと思う気持ちはあるのかもしれません。

この正妻松本知子の子供でも

他の女性との間の子供だとしても

今後一生自分が麻原彰晃との子供だということは言えないし、

ひっそりと行きていかなければなりません。

もちろん子供には罪は無いというのは頭ではわかっても

被害者や被害者のご家族、

そして、事件とは特に関係は無いわたしたちその他の日本国民。

「子供には関係ないから普通の生活を送ればいいじゃない」

と考える人は表向きは多いかもしれませんが、

実際にその麻原彰晃の子供が自分の子供と同じ学校や職場

そして近所に住んでいたりしたら

やはり他の同級生や同僚と同じように接するのは

難しいのではないでしょうか。

実際に子どもたちは希望した学校への入学も拒否されています。

せめて、父親と関係の無いところで生活してくれればと願うだけです。

ま、知られなければいいんですから。

Xデーとは

Xデーと言えばもともとは麻原彰晃の逮捕の日を指していました。

あの第7サディアンことオウム真理教の研究施設への強制捜査がいつ行われるのかというのがXデーでした。

現在はXデーというとやはり「死刑執行はいつか」ということになります。

これに関してどうなんでしょう。

今の所法務大臣の胸の内ですでにその日は決まっているかもしれません。

死刑囚の移送で決行日も近いと思われます。

来年平成も終わることからネット上では「2018年中」の決行が

噂されています。

実際にどうなるかはわかりませんが、

まだだれも刑の執行がなされていないので

2018年中に執行が開始になるんではないかと思われています。

日本の犯罪史上最悪の凶悪犯罪となったオウム真理教の数々の事件。

平成の終わりとともに一応の終焉を向かえるのか。。

今後の情報がマタれますね。

今日も最後まで読んで頂いてありがとうございました。

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