安藤百福がインスタントラーメンを作った理由や名言とは?台湾出身の噂も調査!

皆さん、こんにちは♪

10月に入っても、台風ばかりで天気も不安定ですね。

すっきりした秋が早くきてほしいなと思う今日この頃です。

今年は平成30年となりましたが、

とうとう平成も終わってしまうということで

ニュースでは平成最後に結婚したいという人の特集などされていました。

横浜ベイホテル東急では、「平成かけこみプラン」といった

平成最後に結婚したい人向けのプランをやっているとのこと。

皆さんは、平成最後の年になにかやりたいことはありますか?

私は特にありませんが、年号が変わるのを体験できるというのを

とても嬉しく思っています。

また、平成以外にも今年はチキンラーメンが発売されて60年!

というのも2018年の特徴の一つといってもよさそうです。

チキンラーメンは現在でも好きな人が多いと思いますが、

おじいちゃん・おばあちゃん世代に発売されたと知って、びっくりしました!

現在でも、あのチキンラーメンのCMソングは口ずさめるほど、有名な曲ですよね。

チキンラーメンが発売されて60年ということで、

今回はチキンラーメンの生みの親“安藤百福”さんについて、

ご紹介したいと思います。

そして2018年の後期のドラマのモデルにもなっていますので、

参考にしていただけたらと思います。

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安藤百福さんの経歴とプロフィール

安藤百福さんについて、経歴とプロフィールをご紹介したいと思います。

名前:安藤百福

生年月日:1910年3月5日生まれ

亡くなられた日:2007年1月5日

(なんと、96歳で亡くなられました。とても長生きですね!)

出身地:台湾で生まれて、

1966年に日本国籍を取得されています。

出身校:立命館大学専門学部経済科

職業 日清食品創業者

安藤百福さんは、1910年に台湾で生まれました。

ですが、幼い頃に両親を亡くしてしまい、

台南市で呉服屋を営んでいる商人の祖父母のもとで育ちました。

そういったこともあり、幼い頃から商いに興味を持ち、

自分のことは自分で行う独立心のあふれた子供になりました!

やはり親が商売をしている(サラリーマンではない)子供は

商売という考え方を子供の頃から頭に叩き込まれてるのかなと思いました。

今となっては、羨ましいなと思います。

大人になってお金を稼ぐようになると、

商売という考え方がちゃんとある人とない人では

仕事に対しての考え方に違いが出てくると思うことが多かったからです。

サラリーマンの子供が悪いわけではないですが、

雇われることしか知らないというのは社会に出た時に

知識量としては少ないのかな?と思いました。

安藤百福さんは、22歳の時にお父様の遺産を使って最初の起業をします。

私が大学生の頃はそんなこと1ミリも考えたことありませんでした!笑

最初の起業では、肌着や靴下の製造販売をしました。

これが大成功を収めました!

最初から、大成功とは才能と商売の嗅覚がしっかりしてたんでしょうね。

その後は大阪の船場で台湾への貿易事業も始めました。

また、貿易事業以外にも光学機器や精密機械の製造や

飛行機エンジンの部品製造など幅広く事業を拡げていきました。

事業を拡げながらも、出身校である立命館大学専門学部経済科の夜間部に通っていました。

太平洋戦争時には、軍需製品なども製造して販売するようになりました。

ですが、部品の横流し疑惑により憲兵隊に連行されることもありました。

この件は、無罪で釈放されました。

私の経験での話ですが、意外と今社長や経営者、

オーナーとしてご活躍されている方でも過去に

グレーゾーンのことをしている方が多いように思いました。

大阪の空襲で全ての事務所や工場を失うことになりましたが、

そんな状況でも戦後すぐに大阪で百貨店経営を始めました。

当時は、食糧不足によって栄養失調や飢餓で亡くなる人が多くいました。

そんな状況を見て製塩事業や病人用の栄養食品の開発事業も行いました。

製塩事業は、仕事がなくなってしまった人々の為に始めた事業で

海岸に鉄板を並べてその上に海水を流して

塩を製造することにも成功されました。

昔はそのような方法で塩を製造していたんですね。

けっこう地道な作業ですね。

安藤百福さんは、戦後の日本が立ち上がるために事業を進めていきました。

ものすごいバイタリティーを感じます!

数々の事業で成功されている安藤百福さんですが、

またしても逮捕されてしまう出来事があります。

脱税の容疑で捕まってしまうのですね。

言い方は悪いですが、事業で成功されている方・ちゃんと稼いでいる方から

税務当局もお金をとりたいとおもいますので、

狙われてしまったのかもしれませんね。

安藤百福さんは、税務当局を相手に処分の取り消しを求めて提訴。

弁護士団と2年間法廷で闘いました。

その結果、2度目の無罪を勝ち取りました!

1948年には、様々な事業の拠点として

「中交総社」を設立しました。

そして、食糧不足を打開するために厚生省に

アメリカで余っていた小麦を使用した「麺」を

もっと奨励するべきだと提案しました。

その提案では、「パンに必要なおかずやスープが、

麺では1つのどんぶりに麺とスープ、

具材も一緒に入って栄養もある」と言いました。

ですが、厚生省からは提案を拒否され、

逆に「麺を広げるために自分で研究してみてはどうか」と提案されました。

この当時は、自分で研究をするほどの余裕がなかったために

麺の事業展開は行いませんでした。

その後も苦労がありましたが、

それは次にご紹介したいと思います。

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インスタントラーメン開発の理由や開発の道のりについて

安藤百福さんは、チキンラーメンの生みの親です。

果たして、インスタントラーメンはどうやって開発されたのでしょうか?

戦後、信用組合の理事長に懇願されて、

安藤百福さんは信用組合の理事長に就任することになりました。

ですが、1957年にこの信用組合の資金繰りが難しくなり

倒産してしまいます。

理事長であった安藤百福さんが負債を弁済することになり、

戦前から備えていた個人資産をすべて失うことになりました。

手元に残ったのは、大阪府池田市にあった借家の自宅だけでした。

その時に、以前の厚生省とのやりとりを思い出しました!

そう「自分で麺を日本に広める」ということです。

そこから、インスタントラーメンの研究が始まりました。

当時にはなかった、大量生産をする技術や

即席性や保存性を確保するため、研究を進めました。

ある日、奥様が天ぷらを揚げる様子を見て、

麺を油で揚げて乾燥させる油熱乾燥法を思いつきました!

(天ぷらをみて、そんなこと思いついたこともないです)

その後1年間かけて開発に成功します!

そして1958年8月25日にチキンラーメンを発売しました。

どんぶりに入れてお湯をそそぐだけで食べることのできる食品は

「魔法のラーメン」と呼ばれて、人気商品となりました!

そしてこの年の12月に社名を「日清食品株式会社」と変更しました。

この社名は「日々清らかに豊かな味を作る」という思いが込められています。

名言について

安藤百福さんは、数々の名言を残されています。

いくつかご紹介しますと、

・目標を持ったら、あとは執念だ。

・転んでもただでは起きるな。そこらへんの土でもつかんで来い。

・事業のヒントは周りを見渡せば、どこでも転がっている。事業化できないアイデアは、単なる思いつきにすぎない。

本当のアイデアとは実用化されて、成功を保証するものである。

・即席めんの発想にたどり着くには、48年間の人生が必要だった。

過去の出来事の一つ一つが、現在の仕事に見えない糸で繋がっている。

・どんなに優れた思いつきでも、時代が求めていなければ、人の役に立つことはできない。

・事業を始めるとき成功を語るな、失敗から考えろ。

などなど、数々の名言を残されています。

経営されている方は、ご存知の方も多いですよね。

台湾出身なの?

安藤百福さんは、台湾出身の実業家として有名です。

プロフィールでもご紹介しましたが、1910年に台湾で生まれました。

その当時の名前は呉百福という名前でした。

安藤百福さんのご両親は早くに亡くなられてしまったために、

祖父母と一緒に台南市で過ごしました。

台南では、意麺という卵を練りこんだ麺を

軽く揚げたちぢれ麺が名物となっています。

これが、安藤百福さんがインスタントラーメンを

誕生させるヒントになったともいわれています。

妻、安藤仁子さんはどんな人?

安藤百福さんは、妻仁子さんの籍に入ったことで安藤百福となりました。

ちなみに安藤仁子さんは3人目の奥様ということだそうです。

財界人の社交場「大阪クラブ」で受け付けをしていた安藤仁子さんに

安藤百福さんが一目ぼれしたことが始まりです。

安藤仁子さんは、これからは女性には英語が必要ということで

幼いころから英語を学んでいました。

その英語がのちに、仕事で活かされました。

それ以外の情報は、ほとんどないようなので

ドラマのまんぷくに期待したいと思います♪

終わりに

安藤百福さんについて、お調べしました。

あのチキンラーメンの生みの親ということで、

経歴等もお調べしましたが数々の事業の行きついた先のチキンラーメン。

しかも、無一文からの開発だったということで今になっても

大人気の商品となったのかなと思いました。

名言は、とても感銘を受ける言葉が多いので

その他の名言も読んでみたいと思います♪

今や世界のインスタントラーメン。

わたしもチキンラーメンやカップヌードルにはお世話になりました。

今でもどんどん味が改良されて、

ますます美味しく進化中。

健康に考慮した麺の開発も進んでます。

安藤百福さんが60年前に開発したインスタントラーメンは

今や生活になくてはならない食品となっています。

安藤百福さんの功績やオリジナルのカップヌードルが作れる

安藤百福記念館(カップヌードルミュージアム)は横浜と大阪にありますので

一度お近くの記念館に足を運んでみてはいかがでしょう。

わたしも横浜も記念館に行ったことがありますよ。

オリジナルのカップヌードルも作れるしインスタントラーメンの

歴史も学べて楽しく過ごせますよ。

わたしたちの食生活に根付いているインスタントラーメン。

でもまだ安藤百福さんが発明して60年そこそこの歴史の浅い食べ物だったんですね。

まだまだ進化しそうなインスタント麺や食品。

まだまだわたしたちの生活を便利にしてくれそうです。

安藤百福さん

インスタント麺を発明してくれてありがとうございました!

きょうも最後まで読んでいただいてありがとうございました。

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